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ヨハネス・フェルメールを訪ねて

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東京都美術館で『フェルメール展』が開催されている。ヨハネス・フェルメールは17世紀後半に活躍したオランダの風俗画家で、贋作騒動や盗難事件も手伝って、近年、日本でもブームになっている。フェルメールが生涯に発表した作品は合計30数点あまりで、現在、所蔵しているのがヨーロッパとアメリカ東海岸の著名な美術館に集約されることから、フェルメール全作品の鑑賞を目指して旅するファンも多いという。

フェルメールの絵は、家の中にいる女性の日常を捉えたものが多く、左側の窓から室内の女性に向けて光が照射する構図がお馴染みだ。ニューヨークのフリック・コレクションで『兵士と笑う娘』を見たとき、窓辺から差し込む陽光と影の描写が繊細で、暗めの展示室内でそこだけ照明がほのかにあてられ、画中の人物が浮かび上がっているような感じがした。

『兵士と笑う娘』では、兵士と笑う娘遠近法(透視法)を用いた技法も特徴とされている。兵士と女性はすぐ近くに座っていながら、手前側の兵士が、女性よりもかなり大きめに描かれている。見た目には少し違和感を覚える遠近の強調だが、実際にカメラで捉えた場合、このようなバランスになるという。このことから、フェルメールは作画に際し、カメラ・オブスクラを使用していたというのが学者の間で定説になっている。カメラ・オブスクラとは現代のカメラの前身というべき光学装置で、当時の多くの画家が写実的な素描を行うために使用していた。基本的には当時の北ヨーロッパの画家が駆使していた伝統的なテクニックに従っていたが、特に初期の頃には、さまざまな描画技法を絶えず試みていたとされる。

フェルメールはデルフトに生まれ、43歳で亡くなるまでその生涯のほとんどをデルフトで過ごした。早世したことに加えて、オブジェクトをどう配置するかや、微細な部分の表現にこだわったことが、"黄金の時代"と称されるこの時代の他のオランダ人画家と比べて、生涯を通じた作品数が極端に少ない理由とされる。現存する作品をエックス線で調べると、何度も描き直しを繰り返していた痕跡が明らかになるそうだ。

画家としては当時からそれなりの評価を受けていたが、地元のパトロンがその作品の多くを保持していたために、デルフト外で名声が高まることはなかった。死後200年たって、フランス人画商トレ・ビュルガーがフェルメールにスポットを当てたことによって、その評価が世界に広がることになった。

Posted: 26 September 2008