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ベスト・オブ・ABBA(アバ)

ロンドン、ニューヨークをはじめ、世界各国でこれまで3千万人が観たといわれる人気ミュージカル『マンマ・ミーア』。日本でも劇団四季が演じ、2008年にはメリル・ストリープ主演で映画化もされた。このミュージカルのベースとなっているのが、70年代半ばから80年代前半にかけて、世界中をその人気で席捲したスウェーデンのポップグループ「アバ(ABBA)」のナンバー。すでに解散から25年以上がたつものの、アバのデフィニティヴ・コレクション [DVD]人気はたびたび復活し、止むことがない。

それぞれに活動していたビヨルンベニーアグネタフリッド(アンニ)の4人が、グループを結成したのが1973年。『People Need Love』が最初のシングルヒットとして、スウェーデンのチャートで17位になる。4人の名前の頭文字をとって、アバとグループ名を変えて後、74年4月、イギリス・ブライトンで開催されたユーロビジョン・ソング・コンテストで、『恋のウォータールー』を歌って優勝し、一躍ブレークする。以後10年近くにわたり、ヒット曲を飛ばし続けた。全英ヒットチャートで1位を獲得した曲は、『恋のウォータールー』(74年)、『マンマ・ミーア』(75年)、『悲しきフェルナンド』(75年)、『ダンシング・クイーン』(76年)、『ノウイング・ミー、ノウイング・ユー』(77年)、『きらめきの序曲』(77年)、『テイク・ア・チャンス』(77年)、『ザ・ウィナー』(80年)、『スーパー・トゥルーパー』(80年)の9曲に及ぶ。

アバは作品リリースの際、当時では比較的珍しかったフィルム・クリップ(プロモーション・ビデオ)を制作していた。ヨーロッパとともにオーストラリアでアバの人気は特に高かったが、マネージャーのスティグ・アンダーソンは、30時間を要する南半球へのツアーよりも、ミュージックフィルムを各国のテレビ画面に露出させることで人気拡大をねらう。それらアバのフィルム・クリップを低予算でもっぱら手がけたのが、後に『ギルバート・グレイプ』『サイダーハウス・ルール』等の作品でハリウッドの人気映画監督となったラッセ・ハルストレムだった。

アバの楽曲の中では『ダンシング・クイーン』が代表作として知られ、ミュージカル『マンマ・ミーア』でもクライマックスで歌い上げられる。他にも当時のブームに乗ったディスコサウンズがヒットナンバーに連なる。しかしそうした曲以上に、『悲しきフェルナンド』、『チキチータ』、『ザ・ウィナー』、『落ち葉のメロディー』『ワン・オブ・アス』等、メランコリックで叙情的な曲やバラードにおいて、女性ボーカル2人の繊細な歌声やハーモニーが際立つ。

80年のヒット、『ザ・ウィナー』はピアノが美しく奏でられ、歌詞は恋人を奪われて悲しみに打ちひしがれた心情を吐露する内容だが、ハルストレムの撮ったクリップでは、ボーカルを務めるアグネタの憂いを帯びた表情が終始映し出される(もちろん演技ではある)。アバの4人はベニーとフリッド、アグネタとビヨルンが実生活で夫婦だったが、アグネタとビヨルンはこの曲の発表の少し前に離婚しており、そのことがこの曲の醸し出す切なさを心なしか増幅させている感がある。

Posted: 17 February 2010

 

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